第6回 錯視

 

錯視とは、視覚における錯覚のこと。
私たちが目で見ている世界は、物理学や幾何学で扱っている客観的世界と違っている。それでは、見る人1人1人で異なっている主観的な世界かというと必ずしもそうではない。多くの人に共通して起こる錯視がたくさんある。



幾何学的錯視

 

われわれの見る大きさは、外界の物の形や大きさの忠実な模写ではない。この事実をもっとも端的に示しているものが、幾何学的錯視(geometrical-optical illusions)である。

幾何学的錯視は何ら特別な現象でも異常な現象でもなく、錯視現象に示されるような知覚の歪みは、通常の生活において一般的に生じていることである。ただ、錯視図では歪みが特に顕著に現れているのであって、錯視図だけに異常な知覚が生じているわけではない。


幾何学的錯視は、大まかに4つに分類することができる。
@『鋭角を過大視し鈍角を過小視する』という一般的な傾向を仮定すると説明できる。 ツェルナー錯視、ポッゲンドルフ錯視、ヘリング錯視。


A周囲の図形部分の性質に同化したとして説明できる。 ミュラー・リヤー錯視、デルブーフ(同心円)錯視。


B周囲の図形部分との対比が生じるとして説明できる。 ポンゾ錯視、エビングハウス(ティッチェイナー)錯視。


C分割距離の過大視傾向を仮定することによって説明できる。オッペル・クント錯視、ヘルムホルツ錯視。



幾何学的錯視は、同時に提示されたいくつかの図形部分間の相互作用の現れとみることができる。 このような見地から、実験的研究が比較的多くなされ、組織的な探究がされている。


 その中から、遠近法と錯視眼球運動説を取り上げていくことにしよう。



遠近法と錯視


 


ミュラー・リヤー錯視図、ポンゾ錯視図が線遠近法の斜線構造に似ていることからこれらの錯視と遠近感を関係づける試みはすでになされている。その中でグレコリーの説について考えてみる。


グレゴリーによる幾何学的錯視の説明


グレゴリーの説は、人が2次元的な幾何学的錯視図形を見た場合、今までの経験によりそれを3次元的に解釈するために幾何学的錯視はおこるとされている。



ポンゾ錯視の場合


私たちは2本の斜めの線は、遠くの1点に向かう3次元の平行線としてみられる。そのため、横に置かれた2本の線は、上方にある線は下のほうにある線よりも遠くにあるということになる。だから、上の線は近くに見える下の線よりも経験的に長く見える。





ミュラー・リヤー錯視の場合

外向図形は、3次元的に部屋の隅を内側から、内向図形は建物の手前の角を外側から見た場合に相当する。建物の隅は角よりも奥行きとしては遠くにあるように感じられるため、実際に同じ長さであるなら、遠くのもののほうが長くなくてはならない。




グレゴリーによる幾何学的錯視の説の反証


グレゴリーの説では、横向き図形など説明できない幾何学的錯視図も多い。

ポンゾ錯視の場合



2本の斜線の間にある垂直線は、奥行き的には等距離だから、2本とも同じに見えなくてはならないが、左のほうが長く見える。これは、グレゴリーの説で説明がつく。




この図では、グレゴリーの説が正しいならば、平行線と同様に、奥行き方向としては遠くにあるはずの上の垂直線は下の垂直線よりも長く見えるはずなのだが、実際にはそうは見えない。





ミュラー・リヤー錯視の場合


矢印の代わりに円を用いても同じような錯視が起きるが、この場合建物の隅や角のようには見えず奥行きを感じさせる要素はない。それにもかかわらずミュラー・リヤー錯視が生じているのである。また、この錯視図形は、視覚だけでなく触覚でも錯覚が生じることが知られており、この場合でも錯視的な奥行きなどでは説明できない。




グレゴリーの説は、多くの注目をひくとともに、いろんな実験的検討がされ、支持と批判の両方を受けている。彼の説は、奥行知覚の手がかりとよばれる刺激要因が奥行感を媒介せず大きさの知覚を直接的に規定し得ると考えるなど注目すべき点もあるが、自分勝手な考えもあり、十分に人を納得させるものとはいえない。また、錯視を大きさの恒常性と関係づけても、大きさの恒常性自体が錯視と同様にまだ解明されてないので、知覚の諸問題に役立っても、錯視の問題解決にはならない。ただし、錯視を知覚傾向の1つの現れであると考える点は注目できる。


眼球運動説

 


幾何学的錯視図形を説明する説の中に、眼球運動説というものがある。
この説は、目の動きが錯視を生じさせるというものである。



例えば、オッペル・クント錯視についてみて見よう。この錯視を眼球運動説で説明するとたくさんの縦線の引かれた部分は視線が動するのに時間がかかるため、縦線の引かれてない部分よりも眼球運動にかかる時間が長くなるので、縦線が続いている部分の方が長く見える。また、ミュラー・リヤー錯視の場合では、>−<の図形は矢印の端まで視線が移動するが、<−>の図形の場合は中央の線のまで移動して止まるので、眼球運動が>−<の図形で長くなるので、錯視が生じるとされている。
しかし、この説については眼球運動が生じるよりも短い時間だけの刺激図形を瞬間的に提示し、目の動きが生じないようにした場合でも錯視が生じることが実験的事実でわかっている。よって、眼球運動が錯視の原因になっているとは言いがたいであろう。



そこで、1960年以降の研究により明らかになり始めた脳のメカニズムに基づいて、一部の幾何学的錯視の説明がなされている。ツェルナー錯視やへリング錯視などを脳の研究で見出されたある特定の方向に対して反応する細胞郡の活動によって説明するものである。脳はある特定の方向の線分に対して特異的に活動する細胞郡が存在し、それらは、同時にそれ以外の方向の線分を担当する細胞郡の活動を抑制するようにはたらく。つまり、各方向の線分を担当する細胞郡間の相互作用によって、一部の錯視の生じるメカニズムを説明するものである。




全体のまとめ・感想

 


幾何学的錯視について約半年調べてきて、幾何学的錯視は異常な現象ではなく、わたしたちの生活に密着したとても身近な存在であることがわかった。ただ、錯視図形ではそのような歪みが顕著に現れているだけで、わたしたちの日常にも気づいていないだけでたくさん起こっているのである。
昔から幾何学的錯視は、大勢の生物学者や心理学者、物理学者、天文学者などさまざまな領域の学者によって、たくさんの実験的研究や組織的研究がなされていて、またたくさんの説があることがわかった。しかし、多くの人々から受け入れられるにたる有力な説はいまだに提出されておらず、今でも研究が続いている。しかし昔では、解明できなかったことが現代では科学の進歩、発展によってわかりつつあるものもある。特に最後に書いた脳のメカニズムによって錯視が起こっているというのは、今後の脳の研究の発展により、さらに多くの錯視の発生するメカニズムが明らかになってくるのかもしれない。
幾何学的錯視は、これからたくさんの人々の手によって解明されていくであろう。今回取り上げたのはその中のほんの一部にしかすぎない。






<参考図書>

視覚心理学への招待  〜見えの世界へのアプローチ〜   大山 正 著
ー図解雑学ー  脳の働き 〜知覚と錯覚〜   宮本 敏夫 著